― 関西弁シリーズ ―

モクジ

  君はきっと硝子色  



「貴紀、ちょっと」
 本日、学園祭文化の部二日め。
 何せ高校生活初めての学園祭だ。一日めはものめずらしくていろいろ見て回ったが、一日経つと多少熱が冷め、今日は朝から教室の片隅で友達と何をするでもなくたむろしていた。
 そしてちょうどお昼時に、一年三組の教室に顔を出したのが姉、桃である。
 何の因果か、姉さんのいる三年六組とは縦割りの団が同じなのだ。そのうえ、姉さんは連絡係として頻繁にこのクラスへ訪ねてくる。俺の姉だということはクラス全員が知っていた。
「野分先輩! こんにちはっ」
 クラスの女子が親しげに声をかけたりしている。あまり愛想は良いほうではないのだが、下級生から案外慕われているらしい。女子曰く、「落ち着いてて大人っぽい」そうだ。……敢えて、否定も肯定もしないでおこう。
「何? 何か連絡?」
「違う違う。霜子、来てへん?」
「来てへんけど?」
 霜子さんというのは、姉さんの親友の名前である。
 ハッキリ言って、世間様とはズレた感覚の持ち主だ。天然ボケと言ってもいい。一緒にいると退屈しないので、俺は気に入っているけれど。
「うーん、どこ行ったんやろ……。お昼ごはんでも買いに行ったんかと思ってたんやけど、なかなか戻って来−へんし、もしかしたらあんたのとこかと思って」
「外に買いに出たんちゃう?」
 いちおう校内に購買はあるが、高校から歩いて数分のところに大手スーパーマーケットがあるのでそちらへ行く者も多いのだ。
「やっぱそうかなぁ。もうすぐ店番なんやけど、あの子絶対忘れてるんやわ……。携帯、教室に置きっぱなしになってたから連絡とれへんし」
 姉さんは大仰にため息を吐く。いかにも霜子さんらしい失踪の仕方である。
「俺、見て来よか? どうせ暇してるし」
「あ、ほんまに? 助かるわー、わたしも今から店番やし。見つけたら、引っ張ってきて」
「了解」
 こうして俺は霜子さん捜索隊員となったのだった。……ついでによろしくと、友人たちから大量の買出しを頼まれながら。


 霜子さんは居た。
 一階の食品売り場ではなく、二階にある雑貨屋に。ピアスやイヤリングの陳列棚をじっと見つめて立ち尽くしている。
「霜子さん」
 後ろから声をかけると、霜子さんは驚いたふうでもなく振り返って俺を見る。
「貴紀くん。どうしたん?」
「どうしたん? って……。姉さんが探してたで。店番なんちゃうん?」
 しまった、という表情がありありと出たので、俺は思わず小さく吹き出してしまった。やはり、すっかり忘れていたらしい。
「あー……、桃、怒ってた?」
「怒ってへんけど、呆れてたかな。まあ、謝ったら大丈夫やろ」
 そっか、桃やしね、と霜子さんは笑顔を浮かべた。姉さんはさっぱりした性格だし、ましてや霜子さん相手だからすぐに許すだろうと俺にも思えた。
「で、何見てたん? ピアス?」
 霜子さんが見ていたものが気になっていたのでそう尋ねると、うん、と返事が返ってくる。
「ピアスを開けたいなーって思えるようになったら、大人なんかなぁって考えてたん」
 その時俺の目に映った霜子さんの横顔が物憂げで、いつものボケている雰囲気とは違っていてドキリとした。
 姉さんの友達でもなく、高校三年生の女の子でもなく、“女性”に見えた。
「ん……どうなんやろな。それより早よ戻らな、姉さんが待ってるから」
 俺はいやにどぎまぎしてしまって、霜子さんを急かしてその場を離れた。先ほど見えた霜子さんの姿を打ち消すように。


 霜子さんを無事三年六組に送り届けた俺は、姉さんからお駄賃としてうまい棒を五本もらった。俺がうまい棒のもそもそ感を好きでないことくらい、知っているはずなのに。ぜんぜん、駄賃になっていない。
 そうしたら霜子さんが、もう一つおまけだと言って三日月形の棒付きキャンディーをこっそりくれた。本来はまるい形なのが、割れてしまって売れないからという。これも駄賃としては何か違う気がしたが、ありがたくもらっておいた。
 淡い七色がぐるぐるとまざりあった色合いがとても優しげで、黙っている霜子さんのイメージはこんな色じゃないかな、と思う。
 霜子さんが初めてつけるピアスはこんなだといいな、とも思った。
 三日月の形をした、硝子のピアス。
 そんなことを考えるなんて、やっぱり香村霜子という人は俺の中で特別なのかもしれない。そう思い当たったのは、自分の教室に戻ってしばらくしてからのことだった。
モクジ

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