●● おもいで --- episode 4 思い出を未来に変えて ●●
「耀、あれ史登じゃねぇ?」
隣にいる高井裕介の声に、多田野耀はハッと振り向いた。
予備校の授業のあと。裕介とふたり、買い物をしに来たところだった。
裕介は、エスカレーターで上がってきたふたりの人影にに顔を向けていた。
史登。
すぐには、その言葉で連想はしなかった。
けれど、いやでも目に飛び込んできた。
高校時代の友人、堤史登。いつもそのそばにいた、小柄な少女――。
「あ……」
とっさに名前が呼べなかった。
耀に気づいたその少女は、変わらない無邪気な笑顔を向けてぱたぱた手を振った。そして慌てて、耀たちを一瞥しただけでさっさと逆方向へ歩き始めた史登のあとを追って、行ってしまった。
「史登の彼女、可愛いなぁ。今、おまえに手振ったんだろ?」
「あぁ……」
史登の恋人である春川若葉は、史登の友人たちの間では可愛いと評判だ。
“可愛い”けれど、史登の彼女だから手は出せない。出さない。でも――。
(オレは本気なんだよ)
初めてしゃべったのはいつだっただろう。若葉に呼びかけられるたび、胸を高鳴らせはじめたのはいつからだっただろう。
いつのまにか――いつのまにか。
好きになっていた。
若葉が史登の隣で笑うことが、とても悔しかった。いつも史登の隣にいる若葉を奪いたいと、強く望んでいる自分に気づいたのだ。
「なぁ耀、オレ帽子見たいんだけどつきあってくれねぇ?」
「あぁ……いいよ」
裕介がしゃべるのに相づちを返しながらも、耀の頭には先程の若葉の姿が貼り付いて離れない。そして、史登も。
(……やっぱり駄目だよな……)
つい一ヶ月ほど前、耀は自分の気持ちを史登に打ち明けていた。
何も血迷ったわけではない。隠し続けたまま、史登の前で友達面して笑ってしゃべることがつらかったのだ。耀の気持ちを知って、史登がどう出るか。――ほとんど賭だった。
史登は、耀を避けた。
これが――史登の答えなのだ。
そんなに落胆はなかった。既に、耀の中では決着がついていたのかもしれなかった。
(それなら……オレは手加減なしだぜ、史登)
ぎゅっと決心を固めて、耀はゆっくりと意識を外へと戻した。
(もう、迷わない。絶対……)
「耀、オレこの帽子買ってくるな」
「おう、わかった」
裕介がレジへ向かうと、耀は逆にショップを出た。少し頭を冷やそうと思ったのだ。
「あ、多田野くん!」
しかし、逆に一瞬で、耀の脳は沸騰してしまった。何とか気持ちを落ち着かせてから、声のした方を振り返った。
「ひさしぶりー」
にこにこと満面の笑みを向けてくる若葉。隣に史登の姿はない。
「史登は?」
「今お買い物中ー。あたしは男の子の服ってよくわかんないから休憩中ー」
おっとりとした口調は変わらない。耀は、自然に口元がほころんでいくのがわかった。
「二人、うまくいってる?」
「うん。受験の時に全然構ってもらえなかったから……今は、ずっと一緒にいられるしね」
若葉は微かに頬を染めて、恥ずかしそうに微笑む。幸せに満ちたその表情。それは史登に向けられたもの。――史登だけのもの。
(だけどオレは、決めたんだ――)
いつか、この微笑みを自分のものにしてみせると。
今すぐじゃない。こんなに幸せそうな微笑みは、壊したくない。若葉のために。
いつか。もしも……その微笑みが涙に変わることがあれば。その細い肩が、苦しみに耐えられなくなることがあれば。
きっとその時のために、この想いはある。
そんなとき、若葉に手を差し伸べてあげられるように。
君のために、ずっと温めておくよ。
絶えることのないこの想いを……。
「読んだよ!」の記念に是非。メッセージも送れます。