― 関西弁シリーズ ―

モクジ

  クリスマスのご馳走  


 今日は十二月二十五日。クリスマス。
 世間は冬休みだが、俺は制服を着て、高校から最寄り駅への道を歩いていた。
 同じく制服を着ている人影はいくつかあった。部活部活が終わり、帰っていく奴が大半だろう。部活に所属していない俺が何故、この時期に高校へ行っていたかというと、英語の補習を受けていたからである。
 一応、進学校の名がついた高校であるため、成績表で『10段階』中『4』以下の成績の者には補習が強制される。これまでは何とかギリギリラインの『5』を保っていた英語のライティングが、今学期は『4』に落ちてしまったのである。
 二十二日に終業式を終え、二十三日から三日連続の特別補習。今日やっと、俺は正真正銘の冬休みを迎えたのだ。一日三時間は、正直辛かった。
(イヴもクリスマスも、何の楽しみもなかったな……)
 もともと予定などないけれど、補習でその2日が終わってしまったと思うと何やら損をした気分である。
 大きなため息を吐いていると、ちょうど差しかかろうとした十字路の右側から、人々の群れががやがやと出てきた。しかも、改まった服装をしている人が多い。
 どこぞでパーティーでもあったのかと思いつつ、それほど興味もなく歩きはじめようとしたところに、よく聞き慣れた声が飛び込んできた。
「有樹? 何してんの?」
 振り向くと、そこには綾がいた。
 いつも高校に着てきている紺のピーコートではなく、薄いグレーのコートを着ていた。その下からは、膝丈の黒いスカートが覗いている。ひらひらと薄い生地が、吹きつける木枯らしに軽くはためく。
「俺は……英語の補習。お前こそ、何やってんの?」
「わたしは、教会行ってたんよ」
「教会?」
「学校の裏にあるやん。ほら……あの赤い屋根の」
 綾が後方を振り向いて指差した先には、すこし剥げかけた薄い赤色の屋根の先端に十字架がある建物があった。たぶん目には入れていたんだろうが、これまで気にとめたことがなかった。
「うちのお母さんキリシタンなんよ。わたしは、信者ってほどじゃないけど、クリスマスのミサには毎年行ってて……」
 今年は母親が用事で行けないため、一人で来たのだと綾は言った。
 そもそも、クリスマスがキリストの生誕を祝うものだという認識すら薄かった俺は、綾が自分とはまったく違うクリスマスの過ごし方をしているのだと知って少なからず衝撃を受けた。
 そして、綾のことを何も知らないということを改めて突きつけられた気分だった。
「有樹、もう帰るとこ?」
 綾は、両手を擦り合わせる仕草をしながら俺に問いかけてきた。
「そやけど……」
「時間あるんやったら、いつものとこでたこ焼き食べて帰らへん? さっきから、寒くて寒くて……」
 たこ焼き。
 俺たちの日常を表すものが綾の口から出たことで、俺はほっとした気持ちになった。遠く感じそうだった綾が、やはりいつもと変わらないのだと思えた。そして、そう言えばいつも、指先が冷えやすいと綾がこぼしていたのを思い出した。
 俺は、どれくらい冷えているのかを確かめるような軽い気持ちで、擦り合わせている綾の両手を上からきゅっと握った。
「うわ、ほんまに冷たっ!」
 それが予想以上に冷たかったので、パッとすぐに手を離した。けれど、綾の頬がかぁっと上気したことに、気づかないほど俺は鈍感ではなかった。
「はよ行こう。あったかい飲み物くらい奢ったるわ」
 俺は照れ隠しにそうまくし立て、歩き出す。足音が後をついてきているのを感じながら、少し火照ってしまった頬が早く元に戻るようにと思っていた。
 いつも通りのたこ焼き。
 けれどそれが、今日の俺にとっては何よりのご馳走だった。
モクジ

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