月が見ている
人目を避けるようにして逃れてきた細い裏道。暗い夜道。空にはわずかな星の光。
「斉……」
その名を呼ぶと、わたしは苦しくなる。
隣を歩く斉は、消え入りそうな微笑みを浮かべた。
「そんなに悲しげに呼ばないでよ、美矢」
「うん……」
手をつなぐと、とてもかすかな温もりを感じる。それがわたしにとって、斉が此処に存在すると信じられる唯一のものなのだ。
斉はそのまま、わたしを抱き寄せる。その胸に頭をあずけて、背に手をまわす。
涙があふれた。
だけど斉には気づかれたくなくて、わたしは何とか、震えを押し込める。
「斉……」
ただ、名前を呼ぶ。そのささいな幸せが、今のわたしにとっては何ものにも代えがたい一瞬で。
「美矢」
斉の声を、その響きを、鼓膜に刻みつける。
「聞いて……美矢」
より強い力でしがみつくわたしの頭を、斉はやさしく撫でた。
「俺は、たぶんもう、限界だと思う……」
わたしは顔を上げて斉を見た。そのうしろに、三日月。
満月の夜――斉が現れた夜はあんなにも強い光を放っていたのに、今はこんなにも弱々しい。
斉はやわらかく微笑み、わたしの頬に触れた。
「でも、こうして……また美矢に逢えて……触れることができるなんて思わなかったから……。俺は充分だよ……」
「やだよ……斉ぃ……」
どうしようもなく涙が流れた。
一度味わったあの喪失感を、また繰り返すなんて。
わたしはまた、斉の胸に顔をうずめてしがみつく。
離したくない。離さない。絶対、離さない!
「ねえ、美矢。俺たちは別れるんじゃない」
わたしはただ嗚咽を続ける。
「俺たちは別れない。ずっと、繋がってる。俺の姿が消えても……俺はずっと美矢を見つめてる。……信じて、美矢」
「でも……っ、もう、斉はわたしを呼んでくれない! 抱きしめてくれない! そんなの、わたし……」
ぐっ、と斉がわたしの肩を掴んで身体を引き離し、わたしの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「美矢。……この俺を、覚えていて。淋しくなったら……月を見て、思い出して。俺をもう一度この世に戻してくれたのは、月神様だから……俺は月になって、美矢をずっと見つめてるから……」
わたしたちは永遠のように長い時間、見つめあった。
けれど終に、斉の顔に笑みが昇った。
「美矢……きっとまた逢えるから。だから、忘れないで……」
ぼろぼろと止め処なくあふれるわたしの涙を、最後にぬぐって。
かすかな温もりのキスを残して。
斉は、消えた。
静寂の中、わたしは三日月を仰いだ。
先ほどは弱々しいと感じた光は、すこし増してあたたかくなったように思えた。
「そこで……ずっと見つめててね。斉……」
まだ、涙は流れるけれど。
貴方が見守ってくれているから、わたしは生きてゆける。
だって、また巡り逢えると知っているから。
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