消えない罪
コナゴナに割れた窓ガラス。わたしはしゃがんで散らばった破片を見た。
なんて、脆い。
なんて、綺麗。
手を伸ばす。止めるひとなんていやしない。
てのひらに透明の砂。ぐしゃりと握りつぶした。ちくちく刺さった。
じん、と熱かった。
「千沙さん……」
わたしはしゃがんだまま振り返った。開かれたドアのそばには、佳世と勇次、久志が居た。
「どうしたの? もう帰ったと思ってた」
わたしはにっこり微笑んで言った。
「何してるんですか……」
佳世の声が震えていた。瞳も泳いでいた。
何を怯えているんだろう?
「千沙さん、血が……!」
わたしの右のてのひらから滴る紅い雫を見て、とっさに久志が駆け寄ろうとする。わたしはそれを止めた。
「だいじょうぶ、自分で硝子を握って出した血だから」
「……それは、俺たちに当てつけてるんですか?」
勇次が静かに声を発した。剣呑な視線。
わたしはまた笑った。
「当てつけるつもりだったら、三人の目の前でやってるよ。戻ってくるなんて思わなかった。……これは、わたしのための儀式なの」
「……儀式……?」
まるでわたしを浮浪者か宇宙人でも見るような目つきで佳世と勇次が佇んでいる。
「そう……儀式。わたし自身をリセットするための儀式なの」
わたしはまたしゃがんで、三人に背を向けてじっと砕けた硝子を見た。
「わかってるよ、逃げだってことは……。だけどこうして血を見ないと、わたしは明日笑えないから……。傷ついた自分を流して、だけどしっかり刻みつけて……そうしたら、またわたしはいつもどおりになれるから……」
「……俺たちの言葉は、受けとめてくれてるんですか?」
わたしは振り向いて、三人の顔をひとりずつしっかり見て、頷いた。
「もう……やめる。今から、電話して言うから……」
わたしが携帯電話を取り出そうとした時、それはけたたましい音をたてて鳴りはじめた。
ディスプレイを見て、わたしは三人に笑いかけた。
「……ぴったり。賢一からだった」
わたしは血の出ていない左手で携帯電話を取った。
「……賢一?」
『千沙、おまえまたやったな!?』
いきなり飛び込んできた賢一の声の意味が、わたしにはわからなかった。
「……え……?」
『今! ちょうど外にいるんだよ! 出てこい、千沙!』
すごい剣幕でまくしたてる賢一の声は受話器を漏れて聞こえていたようで、久志が慌てたように鍵のかかっていた部室のドアを開けた。
「……け、賢一さん……」
久志が、目をつり上げた賢一を見て驚いてしまっている。
怒りのオーラを纏った賢一は、ずかずかと中へ入ってきて、乱暴にわたしの右手首を掴んだ。
「こんなことしても何の解決にもならねえって言ってんだろ!? 何回言わせたら気がすむんだよ、千沙!」
「解決方法……あったよ?」
「どうせ、辞める、別れるとか言う類のことだろ? 俺は許さねえからな! 千沙、おまえは英徳の気持ちを全然わかってねえ! おまえらもだ、佳世、勇次、久志!」
こんなに声を荒げた賢一を見るのは初めてだった。わたしはどうにもできずに、ただ賢一に手首を掴まれたままその形相を見ているしかなかった。
英徳。
バスケット部のエースだった。
わたしの恋人。
英徳は、右足を失った。
わたしを、かばって。
「おまえら三人はあれから英徳に会ってないから知らないだろうけどな、あいつは笑ってたよ! 嘘の笑顔じゃねえ、心から笑ってた! 『千沙の命と自分の脚なら、俺はためらいなく千沙の命を選ぶよ。だから、後悔してない』ってな!」
知ってる。知ってるよ。
わたしに同じ言葉をくれたもの。いつもと変わらぬ笑顔で。
だけど、苦しかった。
二度と英徳のプレイが見られない、わたしの為に失われたものが苦しかった。
だから、こうして逃げていた。
「なあ千沙! おまえがちゃんと受けとめてやらねえと、あいつも苦しいんだぜ! わかってんのか!?」
「でも! 佳世も勇次も久志も、苦しいからわたしにこうして言ってきたんだよ! 英徳と別れて部活も辞めてほしいって! みんな苦しいんだよっ、賢一!!」
わたしのせいで、選手生命を絶たれた英徳。
英徳に憧れていて、わたしのことを許せない勇次、久志、そして後輩マネージャーの佳世。
英徳の親友で、わたしと英徳の理解者である賢一。
みんな、苦しい。
わたしのせいで。
いくら罪の意識に駆られても、英徳に救ってもらったこの命、捨てるわけにはいかなくて。
答えは出るのかな…………ねぇ、英徳……?
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