White Festival

 教会の鐘が鳴り響く。遥かなる天空にまで届くように。
 今日は聖誕祭。
 我らを生み給うた神の生誕を祝す日。
 夜の街は篝火に彩られ、活気に溢れている。一年に一度の祭日を、誰もが楽しんでいる。
 教会の門柱にもたれ、ティアナは人を待っていた。白い息をかじかむ両手に吹きかけ、擦り合わせる。
 不意に、その冷えた指先を大きな手が包み込んだ。
「ティアナ、待たせてしまったね。寒かったろう」
「カジミール!」
 視線を上げたティアナのこげ茶色の瞳に、カジミールの柔和な笑顔が飛び込んでくる。端正な顔立ちがすぐ傍にあって、ティアナの心臓は大きく跳ねた。
 艶やかな栗色の髪。緑の瞳は底知れぬほどに深く、その瞳に見つめられると、ティアナは金縛りにあってしまったかのように動けなくなってしまう。
「大丈夫よ。貴方がこうして温めてくれているもの」
「そうか」
 カジミールは嬉しそうに笑い、そのままティアナの右手を取って歩き出す。
「何処へ行くの?」
「とても素敵な処だよ。楽しみにしておいで」
 闇を打ち消すように赤々と燃える火。露店が立ち並び、そこに群がる楽しそうな人々。冬の寒さなど微塵も感じさせぬ雑踏をすり抜け、二人は教会の裏手にある丘に上った。こんもりとした高台からの視界は想像していたより広かった。
「すごい……!」
 ティアナの足もとには、無数の紅い灯火が揺れる。それは地上に散った紅玉ルビーのよう。規則正しく並び、道をつくる紅玉はずっとまっすぐに伸びて壮麗な王城へ辿り着く。
 闇に映える白亜の城。そこから無数に打ち上がる光の華が咲いては散りを繰り返し、この世でない程の佇まいを見せている。
「あれはこの国の魔術師が施した幻想イリュージョンだよ。素晴らしい出来だと聞いてはいたが、予想以上だったな」
 より高度な魔法を行使する魔術師は、自在に幻想を創り出すことが出来ると言う。ティアナは今こうして目の前にしていても、あれが人の手から創り出されたものとは到底信じられない。
「本当に……素晴らしいわ。とても綺麗……」
 ティアナは頬を紅潮させ、その光景に見入っている。
「ここに雪が降ってくれば、もっと素敵でしょうね……」
 何気なしに漏らしたティアナの呟きを、カジミールは聞き取って問い返す。
「君は雪が好きなのかい?」
「ええ……とても好き。冷たくて儚いのに……なぜか心があたたくなる気がするの」
 幸せそうに微笑むティアナの肩をそっと抱き寄せたカジミールは、空いた左手を空に向けて軽く掲げた。
 ティアナはつられて空に目を向け、驚いた。
 今まさに、ちらちらと、白い雪が降ってきたからである。
「カジミール……! 雪が……!」
「君の願いが天空に通じたのかも知れないよ」
 優しい瞳で見下ろすカジミールに、ティアナはぎゅっと抱きつく。
「カジミール、貴方はまるで魔法使いのようだわ」
「……私は君だけの魔法使いだよ、ティアナ」
 カジミールは深い緑の瞳を意味深げに細めた。
 彼のてのひらに舞い降りた雪の結晶は、ぽうと一瞬淡く光って溶けた。


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