しあわせをさがして

モドル

 ぼくがミドリの野原に遊びにいったときのことでした。

 ぼくは地面に座りこむ長い黒髪の女の子をみつけました。

 女の子は白いワンピースを着ていて、なにかを一生懸命探しているようでした。

 ぼくは綺麗な蝶々を捕るためにミドリの野原へ来たのです。そのための網と籠を両手に持っていました。

 けれどぼくはそれを後まわしにすることにして、女の子のほうへ近づいてゆきました。

「なにを探しているの?」

 女の子は振り返ってぼくを見ました。

「あなた、だれ?」

 女の子は、凛ととおる声をしていました。ぼくは答えました。

「ぼく、ローヴァ。蝶々を捕りにきたんだ。川の向こうの、シロの村に住んでるんだ。きみは?」

「わたしは、アピス。アオの街から来たの。遠いところよ。知っている?」

「聞いたことはあるよ。ミドリの野原をずーっと歩いてゆかなきゃならないんだよね。……アピス、きみは独りで来たの?」

「ええ」

「なにをしに?」

 アピスは首をかしげて、悲しそうな顔をしました。

「しあわせを探しにきたの」

「しあわせ?」

 ぼくはその聞いたことのない言葉をくりかえしました。そして訊ねました。

「しあわせって、どんなものなの?」

「わからないの。だけど、それを持って帰らなければいけないの」

「だれかに頼まれたの?」

 アピスはこくりと頷きました。

「……病気のおかあさまが、欲しがっているの」

 ぼくは考えました。

 まず、しあわせとはどんなものかわからなければ、探すことはできません。誰かに聞こうと思いました。

「アピス、待っていて。ぼく、しあわせがどんなものか訊いてくるよ。一緒に探してあげる」

「……ほんとう?」

 アピスがはじめて、うれしそうに笑いました。ぼくもうれしくなりました。

「うん、今から村にもどって訊いてくる。きっと、だれか知っているよ」

「ありがとう、ローヴァ」

 ぼくもアピスに笑いかけて、それから一気に走りだしました。

 はやく、アピスにしあわせをあげたくて。




 村に戻ったぼくはまず、母さんに訊いてみることにしました。

「母さん!」

「おや、ローヴァ。早かったね、蝶々は捕れたのかい?」

「母さん、しあわせってどんなものか知っている?」

 夕食の支度をしている途中だった母さんは、怪訝な表情をして振り返りました。

「しあわせ? なんだいそれは?」

「しあわせを探している女の子がいるんだ。ぼく、見つけてあげたいんだ」

 母さんはちょっと考えてから言いました。

「ローヴァ、長老様のところへお行き。この村で一番の物知りだからね、何か知っていらっしゃるだろうよ」

「わかった、行ってみる!」

 家を出た僕は、村の外れにある長老様のお屋敷へ行きました。

 門番のひとに理由を話すと、長老様に会わせてくれると言いました。

 ぼくは、ぼくの家くらいある大きな部屋で長老様に会いました。長老様は、大きな椅子に座ってこちらを見ていました。

「ローヴァ……と言ったかの。儂に訊ねたいことがあると聞いたが……」

 ぼくは長老様とふたりきりでお話するのは初めてでした。だけど、優しい声だったので安心しました。

「はい、長老様。しあわせとはどんなものか教えていただきたいのです」

「しあわせ……とな?」

 長老様が難しい表情を浮かべたので、ぼくはとても不安になりました。長老様にもわからないしあわせというものが、ぼくに見つけられるのかどうか心配になったからです。

「ローヴァ、そなたは何故、しあわせというものを知りたいと思ったのじゃ?」

「はい。今日ぼくがミドリの野原で会ったアピスという女の子が探していたからです。ぼくは、アピスにしあわせをあげたいのです」

「ふむ……」

 長老様は優しい瞳でぼくを見つめました。

「そなたには、ちょいと難しい話になるかもしれんがの。……しあわせとは、無くて有るものじゃ」

「無くて……有るもの?」

「そうじゃ。形はないが、存在しているもの……じゃが時に、何らかの形を取って現れる――目に見えるものになる。その少女は、それを探していたのじゃろう」

「ぼくには見つけられるでしょうか、長老様」

 長老様はにっこりと笑いました。

「この村に住んでいる者は皆、しあわせを持っているのじゃよ、ローヴァ。だからそなたは、しあわせが何か知らなかった。……じゃがこの村の外には、しあわせを持たぬひとびともおるのじゃ。そなたはその少女に、しあわせをわけてあげることができるのじゃよ」

「でも……ぼくはどうやってわけてあげればよいのか、わからないのです」

「ミドリの野原に戻って、そなたの瞳で見渡してみるとよい。……必ず、しあわせが形を取って現れたものを見つけられるはずじゃ」

「わかりました。ありがとうございました、長老様!」

 ぼくは走りました。一刻も早く、ミドリの野原に行きたいと思いました。

 ぼくはアピスに、しあわせをわけてあげることができるのだから。

 アピスは待っていました。

 ぼくが大きく手をふると、アピスも地面に座りこんだまま、笑って手をふりました。

「しあわせがどんなものか、わかったの?」

「うん。ミドリの野原のどこかにあるんだ。ぼくがそれを見つけてあげる」

「見つけられるの?」

「長老様が、ぼくの瞳で見れば見つかるって言ってくださったから大丈夫だよ」

 アピスはうれしそうに笑いました。

「じゃあ、わたしもいっしょに探すわ」

「うん、いっしょに探そう」

 ぼくはアピスと手をつなぎました。そうすると、すぐにでもしあわせを見つけられるんじゃないかという気持ちになれました。

 ぼくとアピスはゆっくり歩きながら、丹念に野原を眺めてまわりました。でも、なかなか見つかりません。

「……ないね」

「じゃあ、もうちょっとあっちを探してみよう」

 ぼくがアピスの手をひいたとき、アピスが小さく悲鳴をあげて地面にころんでしまいました。

「アピス、大丈夫!?」

「大丈夫……何かにつまづいたの……」

 ぼくはアピスがつまづいたところを見つめました。

 何かを見つけた気がしました。

 何かに導かれるように、ぼくは手を伸ばしました。

「それは……?」

 アピスが、ぼくの手ににぎられたものを見て声をあげました。

 ぼくは右手に、四つ葉をにぎっていました。

「こんなの、見たことないわ………四つ葉だなんて……」

 ぼくはにっこり笑って、それをアピスにさし出しました。

「これがしあわせだよ、アピス」

「これが……?」

 アピスは不思議そうな表情をしています。

「そうだよ。あのね、長老様が、しあわせとは無くて有るものだって言われたんだ。かたちは無いけど、ちゃんと存在しているものなんだって。だけどときどき、何かのかたちになることがあるんだ、それがこの四つ葉なんだよ」

「そうなの……」

 アピスはおそるおそる、ぼくの手から四つ葉をつまみました。そして笑いました。

「ありがとう、ローヴァ。わたしこれから、いそいで家に帰ってお母様にしあわせをあげなくちゃ」

 アピスは立ちあがって、もういちどぼくに笑いかけて言いました。

「また、この場所で会いましょう、ローヴァ」

 アピスの白いワンピースが見えなくなったころ、ぼくは放ってあった網と籠を拾おうとしゃがみました。

 そこでまた、四つ葉を見つけました。
モドル

「読んだよ!」の記念に是非。メッセージも送れます。


Copyright (c) 2004 Aoi Tsukishiro All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-