●● おもいで --- episode 2 Last Love Words ●●
三月二四日、終業式。
HRが終わってすぐ、オレは部室に飛んで行った。するとそこには、既に数人の影があった。
「早いじゃん、望」
キャプテンの東野功太が、からかい気味に声をかけてくる。オレは肩をすくめて返した。
「功太も、人のこと言えないだろ?」
終業式の後に、今年卒業した三年生の送別会をするのが男子バスケ部の恒例行事なのだ。
三年生はみんないい先輩ばかりで、会うのが楽しみなのは本当だけど、オレたち――少なくともオレと功太――の目的はそれとは別だった。
「マネージャーに会うの、久しぶりだもんなぁ」
てきぱき着替えながら、功太が言った。
三年生のマネージャー、天野妃美さん。オレたち二年生に、圧倒的な人気なのだ。
オレたちは妃美さんの他に、二人のマネージャーを知っている。三年生にマネージャーは三人いたのだ。でも、最後まで残ったのは妃美さんだけだった。
妃美さんはとてもかわいい。顔立ちや言動がどこか幼くて、ひとつひとつの行動がとてもかわいらしい。年上だけどぜんぜんそうは見えなくて、話しやすくて、いつもにこにこ微笑んでいて――。
オレはいつしか、妃美さんのことを好きになっていた。
そして、そんな二年生は少なくなかった。功太もそのひとりだ。
「そうだな……」
「おい、もう十二時半だぜ! 先輩たち来るの一時だろ?」
いつのまにか二年生の部員がほぼそろい、着替えて移動をはじめていた。
「じゃ、張り切って用意するか!」
オレの背中を思いっきり叩いて、功太は部室を出て行く。
オレは、固まりかけた決心を壊さないように、ゆっくりと歩き出した。
体育館にベンチやオフィシャル席を並べて試合の準備がととのった頃、入り口の方がざわつきはじめた。
「こんにちはぁ」
ぽわぽわした声とともに妃美さんが姿を現した。オレたちはダッと一気に駆け寄る。
二年生が先を争って声をかけるなか、妃美さんは笑顔でひとりずつに答えていく。
俺と目があうと、微笑みながら声をかけてくれた。
「寺島くん。元気? 副キャプテンがんばってる?」
「はい。怪我の多いキャプテンで苦労してますよ」
「そうなんだぁ。東野くん、また無茶なプレイしてるんでしょ?」
くすくす笑いながら、妃美さんはオレの隣にいた功太に声をかけた。
「癖なんですよ……前よりはマシになったつもりなんですけど」
確かに、前よりはマシになってると俺も思う。
重要戦力にもかかわらず、功太はあまりにも怪我が多くいつも妃美さんは心配していたのだ。中学時代からがむしゃらなプレイを続けていたため、そう簡単には直せないようだけど、妃美さんに心配をかけたくないとがんばっていたのだった。
「見ててくださいよ、今日のプレイ」
「うん、みんなうまくなってそうだから期待してるよ!」
目を細めて、心から楽しそうに妃美さんは笑顔を浮かべた。この無邪気な笑顔に、誰もが魅了されるのだ。きっと。
「東野、寺島。ひさしぶり」
軽く片手をあげて声をかけてきたのは、前キャプテン、瀬川浅利先輩。一九〇センチという長身で、県下でも名を轟かせたセンターだった。
「瀬川先輩! 久しぶりっす!!」
「今日はおてやわらかに頼むわ。オレら身体鈍ってるからな」
苦笑ぎみに言う瀬川先輩は、とても気さくで話しやすい人だ。オレはとても好きだ。同じポジションとして、尊敬もしている。だけど……。
「あ、妃美、若尾先生が呼んでたぞ」
「ほんと? ありがと浅利」
見上げてにっこり微笑む妃美さんの頭を、瀬川先輩がぽんぽんとやわらかくなでる。くすぐったそうな表情を残して、妃美さんは顧問の若尾先生のもとへ行ってしまった。
妃美さんが二年に圧倒的な人気があると同時に、瀬川先輩と妃美さんのカップルもまた、知らない人はいないだろうほどに有名だ。オレたちが入部する前からつきあっているから前のことはわからないけど、つきあう前からかなり仲がよくてだいぶん噂が先行していたらしい。
お似合いだってわかってる。瀬川先輩に敵わないことも、妃美さんの笑顔の源はすべて、瀬川先輩だと言うことも。
だけど、オレは――。
バチン! と、オレの目の前で瀬川先輩がゴールからこぼれたボールを取った。
「前、行くぞ!」
一声叫んで、瀬川先輩は大きくボールを前に投げた。すでに先行していたガードの三木先輩がキャッチする――。
その瞬間、功太が飛び出してそのボールをカットした。
「一本取るぞ!」
そう声をあげた功太を見て、オレの横にいた瀬川先輩がつぶやいた。
「よくなったな、東野。オレらに傾きかけたムード、引き戻されたな」
振り向いたオレに、瀬川先輩は挑戦的な笑みを浮かべた。
「お前はどうだ? 寺島」
一気に闘志が燃え上がった。
オレも、ゆっくりと笑みを作った。
「……負けませんよ、先輩」
プレイも。そして――男としても。
功太はいったんガードの晋也にボールを戻し、オフェンスを組み立て直す。以前の功太なら、そのまま闇雲に突っ込むところだ。
オレの身長は一七九センチ。瀬川先輩には到底敵わない。でも……。 ボールが功太に渡る。功太からオレがパスをもらい、そのままシュート。それがお決まりのパターンだと、先輩たちは熟知している。オレへの警が増したのがわかった。
左へフェイクを振り、ボールをもらいにあがる――と見せかけて、オレはガッチリと瀬川先輩をスクリーンアウトで押しとどめた。その瞬間、功太がディフェンスを振り切って切り込み、レイアップシュート――。
ボールは見事、ネットを揺らした。
パス出しのためエンドラインの外に出た瀬川先輩は、笑ってオレに言った。
「やるじゃん」
オレも先輩に笑い返した。
「ホントすごかったよっ、東野くん寺島くん!」
試合後、合宿所の食堂で出前の寿司と菓子類をつまみながらの食事中、オレたちの向かい側に座っている妃美さんは、頬を紅潮させてそう言ってくれた。その右隣には瀬川先輩が座っている。
「浅利ったらさっきから、『オレももう年だな……』だとか言っちゃって。きっと、二人に後は任せた、ってことだよ。あの時はホント二人ともカッコよかったもん!」
「天野、あんまり褒めすぎるとこいつら図に乗るぞー? なぁ瀬川?」
瀬川先輩の右隣にいる前副キャプテンの三木先輩が、笑いながら言う。
「だって浅利、本気でビックリしてたよ? ね、浅利?」
「まぁ、正直な。……妃美、お前ベラベラしゃべりすぎだ! オレらの先輩としての威厳失くす気かっ」
「えぇーっ、元から威厳なんてないでしょーっ」
瀬川先輩が手をあげて軽く小突こうとするのを、妃美さんは笑いながら避けている。
「……妃美さん」
オレは思い切って声をかけた。多少、身体が乗り出し気味かもしれない。
きょとんとして、妃美さんがオレに視線を向けた。
「どうしたの? 寺島くん」
瀬川先輩の視線が刺さってくるのを感じる。先輩はどこか、オレの気持ちに気づいているところがあるのかもしれない。
だけど、言いたい。
どうしても――伝えたい。
「おい……望?」
オレのただならぬ気迫を感じたのか、隣で功太が訝しげな声をあげた。
「オレ……」
「うん?」
ちょっと首を傾げつつ、妃美さんは笑顔を浮かべる。
ずっと、励まされてきた。大好きな――この笑顔に。
「オレ、妃美さんがマネージャーでよかったです」
これが、今のオレに言えるギリギリの言葉だった。
「好きだ」とハッキリ言えたら、どんなにいいか。だけどそれで妃美さんが困ることはわかりきっている。
瀬川先輩との関係も壊れかねない。オレは、そんなリスクを侵してまでは、この想いを伝えたいわけじゃない。二人が――大切な人だから。
妃美さんは、満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとう。……あたしも、寺島くんや東野くんや……バスケ部のみんなに会えてよかった。マネージャーを最後までやれて、よかった……」
その笑顔からこぼれた一粒の涙を、オレはきっと……一生、忘れないだろう。
「読んだよ!」の記念に是非。メッセージも送れます。
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