― 関西弁シリーズ ―

モドル | ススム | モクジ

  あめ玉で占う行方 (前篇)  

 
『ハチマキを作る時、同じ布から長さ二十センチのリボンを切り取っておく。
 好きな人の団カラーで同じようにリボンを作る。(好きな人本人や、同じクラスの友達の布から作れればなお良い。無理なら色が同じ布ならばオーケー)
 その二本のリボンをほどけないようにねじりあわせ、グラウンドの端にある石碑裏のフェンスに結んでおくと、学園祭期間中に両想いになれる。
 ただし、願いが叶ったら一週間以内にはずすこと。そうしないと、逆に良くないことが起こるかも……』


 学園祭を前日に控え、塔陽とうよう高等学校では準備が大詰めを迎えていた。
 四日間にわたって行われる学園祭は、前半二日間が文化祭、後半二日間が体育祭だ。体育祭が縦割りの団で競われるのに対し、文化祭は各学年、クラスごとで競う。一年生は教室展示、二年生はステージ劇と出し物が定められていて、教職員と他学年のクラス委員による投票によって順位を決める。三年生は出し物の種類は自由だが、毎年共通テーマが決められ、それに沿ったものにしなければならない。今年のテーマは『ようこそ懐古レトロの町へ』で、昔懐かしい雰囲気づくりがなされているらしい。
 文化祭自体の順位づけは学年ごとだが、最終的な団の得点は体育祭・文化祭両方の順位の合計点で見られるのでこちらも気を抜くわけにはいかないのである。
 幸いなことに、うちの二年六組は熱心な演劇部員が二人いる。その二人が中心となって活動してくれているので、脚本の内容、そしてキャストの準備は万全だ。――しかしながら裏方の道具類の進み具合が思わしくなく、現在全クラスメイトがほぼ総出で道具作りに励んでいる。だから体育祭準備委員であるわたしも、こうして文化祭準備委員の田口絵里奈ちゃんと一緒に衣装の飾りつけをしているのだ。
「縫い物してて思い出したんやけど、綾ちゃんはもうやった? ハチマキのおまじない!」
『ハチマキのおまじない』――学園祭準備期間中、女子生徒の間で持ちきりの話題である。自分のハチマキを作った布と、好きな人のいる団カラーと同じ色の布でリボンを作って指定の場所に結んでおくと恋が実るという。何でも随分昔から引き継がれてきたものらしく、実際に、指定場所である校訓の掘られた石碑の裏側にあるフェンスには新旧とりどりのリボンが結びつけられている。
 絵里ちゃんはいまだに、有樹がわたしの彼氏だと信じこんでいる。わたしが恥ずかしがって、あるいは有樹から口止めされていて否定していると思っているようなのだ。
「わたし、そういうのは……」
 全く興味がないわけではないけれど、おまじないに縋るというのは気恥ずかしい気持ちの方が勝る。わたしは微笑して首を横に振った。
「あれって、恋愛成就だけじゃなくて恋人どうしの仲にも有効なんやって。綾ちゃん、絶対やっとくべきやで!」
 絵里ちゃんは女子生徒の間に流れる噂話に敏い。もちろん、有樹とその友達を含むグループは二年生の中でも抜群の人気を誇っているから、格好の対象である。有樹の人気は、そのグループで一番人気の清水仁志くん(もちろん、彼が有樹の親友であるという知識は持っている)と引けを取らない程だとか、一年生の女の子でとびきり可愛い子が有樹に熱を上げているだとか――どこまで本当かわからないけれど、そんな噂が飛び交っているというのは事実のようだった。
「リボンを結ぶっていうのは、二人の仲とか絆を繋ぎとめる意味があるみたい。やから、恋人どうしの仲が続くようにっていう願いにも通じてるんよ」
 誤解とは言え、絵里ちゃんはわたしを心配して言ってくれているのはわかるので、曖昧に頷いておいた。
「絵里ちゃんはそのおまじない、もうしたん?」
 絵里ちゃんは、四組に門脇くんという彼氏がいる。ほのぼのと仲の良いおしどりカップルだ。
「うん! 考介はそういうの信じひん人やから呆れてたみたいやけど、布分けてくれたから」
 生徒会の書記を務める門脇くんは、穏やかな物腰で人当たりが良く、しっかりした人という印象がある。呆れながらも絵里ちゃんのために布を分けてあげるというのは、いかにも彼のイメージ通りで微笑ましかった。
「絵里ちゃーん、ちょっとごめんやけどー」
「はーい?」
 廊下で大道具の着色をしている班から声がかかり、絵里ちゃんは席を立って出て行く。教室はわたし一人だけになった。
 縫い物の手を一旦止め、日光を避けるために引いていたカーテンを少し開いて下を覗く。そこはちょうど中庭とグラウンドを繋ぐ通路なので、ひっきりなしに生徒の往来がある。白いハチマキをした団体がグラウンドへ向かう中、逆流して走っていく一人の男子生徒が、ひょいとこちらを見上げた。――森くんだった。
 森くんはわたしの姿に気づいてくれたようで、明るく笑って何故かピースサインを向けてきた。わたしが軽く手を振ると、小さくお辞儀をして走り去っていく。
「懐かれてんなー、三原さん」
「吉村くん」
 一緒に体育祭準備委員を務める吉村くんもまた、わたし同様、文化祭準備に追われているようだ。ねじった手拭いを額に巻き、金づち片手に大工を気取っている。確か吉村くんは野外で、背景を描いたベニヤ板の組み立てを手伝っていたはず。他の人たちが帰って来ないところを見ると、少し抜けてきただけなのだろう。
「森くんって、誰にでもあんな感じじゃないの?」
 吉村くんは、そうでもないで、と苦笑した。
「あいつ、好き嫌い激しいし感情がすぐ態度に出るから、嫌いな奴は嫌いってめっちゃわかりやすいねん。三原さんのことは、相当気に入ってると見た」
「そう、かなぁ……」
 わたしは不機嫌な森くんを一度も見たことがないので、何だか不思議な感じだった。わたしは何の取り柄もないのに、どうして気に入ってくれたのかわからないけれど……好意を寄せてもらえることは純粋に嬉しい。
「命知らずやなぁ、あいつ。三原さんにはれっきとした彼氏がいるのに」
「……え……?」
 思わず、ぽかんと口を開けたまま吉村くんを見る。そんなわたしを見て、吉村くんも「えっ?」と訝しげな声を上げた。
「彼氏とちゃうの? 一組の浅野、やろ? 仲良いし、よく一緒に帰ってるの見るし……付き合ってるんちゃうかって噂も聞いたから」
「えーっ!?」
 有樹とわたしが付き合っているんじゃないか、と言う噂があることは知っていた。何度か訊かれたこともある。でもそれは、女の子の間だけだと思っていたのだ。当たり前のように吉村くんに言われて、驚いてしまった。同時に恥ずかしくなって、一気に顔に熱が上がってくる。
「あ、違うんや? そんなに驚くってことは、噂あるの知らんかった?」
「知ってた、けど……。女の子の間だけやと思ってて……。まさか男の子にまで広まってるなんて」
「男も案外、そういう話には目がないねんで」
 そっかぁ違うんかー、と吉村くんは小さく呟いた。
「吉村くん……。その噂って、かなり広まってるん?」
 おそるおそる訊ねてみる。
「うーん、そやなぁ。結構知られてるんちゃうかなぁ」
「ほ、ほんまに……?」
 頬が熱い。両手で挟むと、火照った熱がしっかりと感じられた。
 一年生の頃は、本当にただの「たこ焼き友達」だった。一日三食たこ焼きでも良いなんていう、わたしと同様に物好きな人に出逢ったのは初めてだったから、たこ焼きを食べる瞬間のこの上ない至福を、誰かと共有できることが嬉しかった。けれど、だんだん、たこ焼きを味わう時間もひっくるめて、有樹のことを大切に思うようになった。
 本当はずっと前から、有樹が好きなのだと――特別な人だと、心の底ではわかっていた。でもそれを認めてしまえば、「たこ焼き友達」というわたしたちの関係がぷつりと切れてしまいそうに感じて、わざと気づかないふりをしていたのだ。
 それなのに、先走りした噂がこんなにも確固たる形を作り上げてしまった。それが何だか、わたしが隠そうとしてきた想いが知らぬうちに溢れてしまったようで、居たたまれない気持ちになった。
「綾ちゃーん、あとどれくらいで終わりそうー?」
 絵里ちゃんが教室内へ戻ってきた。そしてゆでだこ状態になっているであろうわたしの顔を見、「綾ちゃん、どうしたんっ!?」と叫んだ。
「吉村っ、綾ちゃんに何したんよ!」
「ちょ、ちょい待ち、田口落ち着け! 俺はただ、三原さんと一組の浅野との噂の話を……」
 剣幕で詰め寄る絵里ちゃんを押し止めながら、吉村くんが弁明する。
「無神経なこと言ったんちゃうの!? ほらー早く謝って!」
「えっ、いやそら、謝るけど……っ! でも、浅野とは付き合ってないって、それで噂が予想以上に広まってて、三原さんびっくりしたみたいで……」
「もーっ、それが無神経やの! 浅野くんは人気者なんやから、綾ちゃん苦労してるんやって!」
「ええ? 俺、どういうことかわからんねんけど……」
 わたしと有樹の仲を誤解したままの絵里ちゃんが説得しているので、吉村くんは余計に混乱している。わたしは覚悟を決めて、「ごめん、大丈夫やからっ!」と、二人の会話に割って入った。
「吉村くんの言うとおり、びっくりして……。絵里ちゃん、わたしほんま、有樹とは付き合ってないねん」
「え、ほんまに……?」
 絵里ちゃんが眉を顰めて、口元を手で覆う。
「わたしがはっきり否定せんかったから……ごめんな。でも、わたし……」
「……綾ちゃんは、浅野くんのこと好きってこと? ……やから、否定できひんかった……?」
 少しニュアンスは違うような気もしたけれど、概ねその通りだから、わたしはこくりと頷いた。
 途端、絵里ちゃんががばっとわたしに抱きついてきた。
「もーっ、綾ちゃん! 何でもっと早く言ってくれへんかったん! だってあんなに仲良いし、わたし、てっきり付き合ってるもんやと……!」
「絵里ちゃん、気にせんといて。ちゃんと言わへんかったわたしが一番悪いんやから」
 絵里ちゃんの背中を撫でて、わたしは気にせんといて、を繰り返す。絵里ちゃんは本当に何も悪くないのだから。
 隣で所在なさげに、困った顔をしている吉村くんにも、「巻き込んでごめんな」と言った。
「いや……俺こそ、何かほじくり返したみたいになってごめん……」
「ううん、そんなことないよ。だって、噂は噂やし、いずれはその中身が空っぽやって、わかってしまうやん? それが今やっただけのことやし」
 きっとわたしは、少なからずその噂をり所にしていたのだと思う。周囲の人達から見て、わたしと有樹は「付き合っている」ようにみえる程親密なのだと、だからこのままの関係を続けていけると――無意識にも、そう言い聞かせていたのだろう。
 有樹に対して抱く感情が変容しているのだから、同じ関係を保つことなど、できはしないのに。
「――綾ちゃん。わたし、決めた! わたし、綾ちゃんの恋を応援するっ!!」
 わたしの体から手を離して起き上がり、絵里ちゃんが高らかに宣言した。
「だって絶対、綾ちゃんと浅野くんってお似合いやもん! それに、ほぼ毎日一緒に帰るくらい仲良いんやもん、浅野くんだって綾ちゃんのこと、まんざらじゃないはず! やから、綾ちゃん! 『ハチマキのおまじない』は絶対やらなあかんでっ」
「え、えっ?」
 どうして話が『ハチマキのおまじない』に帰着するのかわからなくて、わたしは疑問の声を上げた。
「田口、何でそこでおまじないやねん……」
 わたしの心の声は、吉村くんが代弁してくれた。
「おまじないに頼れってことじゃなくて、これをきっかけにするってこと! このおまじない有名やから、きっと浅野くんも知ってるはず。綾ちゃんから布がほしいって言われたら、いい意味で意識するやん?」
 絵里ちゃんの熱弁にのせられて、吉村くんは「それ、いい考えかもしれんなー」などと言っている。わたしからしてみれば、あからさまでとても言い出しにくいと思うのだけれど……。
「じゃっ、善は急げってことで!」
 ぎゅっと手を掴まれて、わたしはまた「へっ?」と間抜けな声を出す。
「一組へレッツゴー!」
 断る間も与えられずに引きずられていくわたしに、吉村くんが「頑張れよー」と手を振った。


 二年一組の教室でも、うちのクラス同様に窓やドアを開け放して、明日の文化祭へ向けての準備が進められていた。いくつかのグループがかたまりあって、それぞれの作業をしている。理系クラスだからそのほとんどが男子生徒で、女子生徒はごくわずか。そのためか、どことなく教室の雰囲気も違って見える。
 絵里ちゃんに背中を押されるようにしてドアの前に立つと、その近くのグループにいる女の子がわたしに気づいて顔を上げた。
「誰かに用事? 呼ぼっか?」
 前髪をまんなかで分けた栗色のストレートヘアで、きちんと化粧をしていてとても大人っぽい子だった。
 布を分けてもらうことにはまだ躊躇う気持ちも大きかったけれど、ここまで来てしまったので、とりあえず有樹を呼んでもらうしかない。
 ――と、その女の子がじっとわたしを見て、ぽんと一つ手を叩いた。
「ああ、三原さん! 浅野やんな? ちょっと待ってて!」
 わたしにとっては名前も知らない女の子なのに、彼女はわたしの名前を知っていた。その上、何の疑問もなく有樹と繋げられてしまった。それも噂の効力なのかと思えば、影響の大きさに改めて驚愕する。
「あれっ? 清水、浅野はー?」
「有樹? 劇の練習してるとこに行ったんちゃうか?」
 どうやら有樹は教室にいないらしい。とりあえずこの場は布をもらわないでも済みそうだと、胸を撫で下ろす。
 あの女の子といくつかやりとりをした、有樹の親友である清水くんがこちらに近づいてきた。わたしも、そして清水くんも、お互いの存在は知っているけれど、こうして面と向かって話をするのは初めてだ。
「珍しいなー、綾ちゃんから一組に訪ねてくるの。有樹、劇の練習に出てると思うし、たぶん中庭にいると思うんやけど」
 近くで見れば見るほど、噂に違わず、清水くんは綺麗な顔立ちをしていた。くっきりとした二重の目で、睫毛が長い。けれどもなよなよしいわけではなく、精悍さをも感じさせる。勝手に近寄りがたく思っていたけれど、喋り方はとても気さくだった。
「急ぎの用事じゃないから……帰りにでも、また来るので」
「いやいや、ここで帰したら俺が有樹にどつかれる。ちょい待って、すぐ呼び戻すから」
 清水くんはズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを操作して耳にあてた。
「有樹? 至急戻ってこい。綾ちゃんが待ってんで。……うん。わかったわかった」
 電話を切ると、清水くんはわたしに向かって、「すぐ行くから、引き止めとけって頼まれた」と笑った。
「有樹が劇に出んの、知ってる?」
「あ、うん。何か、チョイ役やけど出るから見に来いよって言ってたし」
「うっわ、めっちゃ偉そうな言い方。……ま、あいつらしいけど。サプライズって感じで出るから、楽しみにしといたって」
 バタバタと階段を駆け上がる音が響いたかと思うと、Tシャツに制服のズボンという出で立ちの有樹が到着した。
「あーえらっ。綾、何か用か?」
 口では“えらい”と言いながらも、それほど疲れた様子ではなかった。
「ごめんな、練習中に。特に急ぎでもなかったんやけど……」
「俺は大した練習ちゃうから。ちょうど戻ろうと思ってたとこやったしな」
 で、何? と問いかけるような視線を向けられて、わたしはもう観念するしかなかった。
「あんな……ハチマキ作ったあとの布って、余ってる?」
 何に使うねん、と訊かれたら答えに窮するしかないのだが、有樹は細かいことを気にする性格ではないので、おそらくつっこまれないはずだ。
「ハチマキ? ……げっ、まだ作ってない」
「お前なあ……、明日から学園祭本番やぞ?」
 有樹は教室の後ろにあるロッカーの中を探り、裁断されっぱなしの赤い布を取り出してきた。
「それ、もらったときのままやんけ」
「めんどいなぁ……裁縫嫌いやし」
 話題が微妙にずれて、どうしようかと思っていると、清水くんがわたしの方へ視線を寄越した。
「綾ちゃん。どうしようもない有樹のために、ハチマキ作ったってくれへん?」
 わたしがその布を預かってハチマキを作れば、有樹の手助けになる上、余り布も自動的に手に入ることになる。
 清水くんは、明らかな確信を持った様子で微笑みを向けてくる。――彼も、噂について誤解しているのだろうか。
「綾、頼むわー」
 有樹は両手を合わせて、拝むような仕草をする。
 有樹は――あの噂をどこまで知っているのだろう。わたしでも知っていたくらいだから、有樹も一度二度は聞いたことがあるはずだ。有樹はそれを、どんな気持ちで聞いたのだろう? ……わたしと変わらず親交を続けてくれているのだから、少なくとも、それほど気にはしていないのだろうけれど。
「いいよ。ちょうど文化祭の準備で、針仕事してたところやから」
 断る理由もないので、わたしは有樹の頼みを了承した。
「今日の帰りに渡すのでいい?」
「おう、充分充分。助かったぁー! じゃ、今日のたこ焼きは俺が奢ったるわ」
「ほんま? やったあ」
 たこ焼きひとつで気分が上昇するわたしは、とても現金だと思う。
 赤い布を片手に、一組の教室をあとにする。結局、有樹はおまじないのことなどおくびにも出さなかった。知らないのか、有樹にとって意識外のものなのかわからないが、わたしにとってはその方が気が楽で良かった。
 廊下の少し離れた場所で待ってくれていた絵里ちゃんが、赤い布を持って戻ってきたわたしに勢いよく飛びついてくる。
「綾ちゃん、どうやったっ!?」
 おまじないのことは知らなさそうだけれど、なりゆきでハチマキを作ることになったと告げると、絵里ちゃんはますます興奮した様子で叫んだ。
「絶っ対、それ脈アリやから!! 綾ちゃん、わたしほんまに応援するしなっ!!」
 あまりに絵里ちゃんの声が大きいので、わたしは一組まで聞こえてはいないかと心配になるほどだった。

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