― 関西弁シリーズ ―

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  たこ焼き  

 わたしと有樹の共通点は、世界一好きな食べ物はたこ焼きということだった。
 どうでも良い、大したことのないひとつの事実。けれど、それがわたしと有樹を繋いでいる。
 校門から駅までの何百メートルという間に在る、大手スーパーマーケット一階の小さなフードコートがわたしたちの場所である。
 床に固定されたテーブルに、座り心地の硬い椅子。他の生徒たちは、専ら三階にあるファーストフードや学生対象の安いレストランのほうを好んでいたので、いつもここはがらんとしていた。だけどそれが良いのであって、たまに家族連れがきゃあきゃあ無意味に騒いでいるととても苦しくなるのだ。
 こうして今日もふたりしてその場所を訪れたのだけれど、二組の子ども連れ客が居たので、お持ち帰りで買い求めて駅前のベンチで食べることにした。
 もう三月なのでだいぶ陽射しはあたたかいが、時折吹きつける風が妙に冷たかったりする。
 指定場所を横取りされたことが有樹はよほど気に入らないようで、いつもに増して仏頂面だった。
「あーむかつく! 何で家族連れがおんねん……俺の憩いのひとときを邪魔しやがって!」
 ぶつぶつ、ぶつぶつ。有樹は口が悪いので、おまけにちょっと目つきも悪いので、端から見れば随分怖い高校生だろうなと思う。
 あ、でも手にたこ焼きの匂いがするビニール袋を提げてるのでは、その効力もないのかな。
「しょうがないよ、わたしらだけの場所やないんやし。うーん、でもわたしも中で食べたかったなぁ」
「やろ!? だいたいなあ、外で食べるとたこ焼きの冷める速度も速いねん! 充分味わえへんやろ、俺はそれが嫌やねん!」
 普段は何事にも無気力な有樹が、たこ焼きのことになるとこんなにも熱くなる。有樹先輩はクールで格好良い! なんて騒いでいる後輩たちに、この姿見せてやりたい。
「確かにそやなあ。たこ焼きはゆっくり食べるのが醍醐味やもんね」
 最寄の駅は田舎のローカル駅のわりに建物は綺麗で、なかなか心地良い。わたしたちは、いつ開いているのかわからない、シャッターの閉まったキオスク前のベンチに並んで座った。
 有樹は締まりのない笑顔でビニール袋からたこ焼きのプラスチック容器を取り出し、蓋を取る。とたんにソースの匂いがぱっとあたりに散らばってゆく。
「綾、取れよ」
 いつも有樹は先にたこ焼きを取らせてくれる。自分勝手そうに見えて案外律儀なのだ。ああでも、先に食べようものなら怒られるのだけれど。
 バイトを校則で禁止されている高校生の身、ふたりで六コ入りパックを食べるのが精一杯。
「ありがと」
 爪楊枝と竹串の中間を取った長さの串を、端っこのたこ焼きに突き刺す。その時しっかり、タコに貫通している手応えを確かめる。
 有樹がわたしと反対側の端っこにあるたこ焼きを串刺しにして持ち上げるのを見届けてから、わたしも自分の串を持ち上げて口へ運んだ。
 ソースの濃い味、とろりと溶け出す半熟の生地。大きめに切られたタコが嬉しい。
 ちらりと有樹に目をやると、満足そうに目を細めて口をもぐもぐ動かしている。さきほどの不機嫌は何処へやら、だ。
「あ、有樹先輩! さよならぁ」
 ちょうど駅構内に入ってきた同じ制服の女の子二人組が黄色い声をあげた。有樹はちらりと目を向けて、軽く片手をあげる。女の子たちはキャーと叫んでお互いの肩やら腕やらをばしばし叩きながらわたしの視界から消えてゆく。
「……有樹って、後輩から人気あるよね」
「俺は人気でもなんでもないと思うけど? ただ、二年の中で目立つグループにおるから騒ぎよるだけやろ」
 有樹は何でもないことのように言う。
 いくら目立つグループにいても、騒がれない人はいると思うけどなぁ。
「そうかなあ……」
 すると有樹は、にっと口角を持ち上げてわたしを見た。
「なんや? 俺が人気あると思ってくれてんのか綾は?」
「別に、そんなんちゃうけど」
 わたしはぷいとそっぽを向く。
 何にもしらない後輩やら同級やらの女の子に有樹のことを何だかんだと噂されるのは、確かに良い気持ちはしない。けれど、わたしは有樹にその価値があると認めているので否定しないのだ。それはまあまあに端正な顔立ちであったり、隠れた優しさであったり、男らしさであったり。
 そう言うわたしだって、たこ焼きという些細であり絶大である結びつきが無ければ、有樹との関係など無いに等しくなってしまうのだ。けれどご都合主義、今は見て見ぬふりをしておこう。
「綾」
 有樹の呼ぶ声につい振り向くと、宙に浮くたこ焼きひとつ。わたしは条件反射でぱくりと食べた。すると何だろう、有樹が盛大に笑いはじめる。
 わたしが咀嚼する間も有樹は笑っていたので、口の中が空になるとわたしは訊ねた。
「何がそんなにおもろかったん?」
「綾がえさにつられる犬みたいやったから」
 くっくっとまだ喉の奥で笑っている有樹を見ていると、ずっとこのままわたしたちはたこ焼き友だちでいたいと思う。でもいつかそれは、壊れる日が来るのかな。

(2006.07.05 改稿)
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