― 関西弁シリーズ ―

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  たまにはクレープ  


『改装中』

 俺と綾はその文字を見て一瞬ぽかんとし、その後一緒にその看板を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた………はずだ。
「改装中ぅ〜〜!? 連休前、そんな張り紙あったか!?」
「絶対なかったと思う……。前もって知らせといてほしいわー、こうやって楽しみにしてるひともおるんやし……」
 俺と綾の放課後の日課、それは駅前の大手スーパーマーケットの一階にある小さなフードコートのたこ焼きを食べること。けれどゴールデンウィークが明けた五月六日に来てみると、たこ焼き屋は「改装中」の看板を掲げて無情なシャッターが閉まっていたのだった。
 行き場を失くした俺たちはとりあえず、エスカレーターの脇にあるベンチに収まって缶ジュースを飲んでいる。
 俺は綾の手にあるQooのりんごジュースを見て笑った。
「綾はいつもQooばっかりやな。そのキャラ好きなんやっけ?」
「うん、可愛いやろ? ほら、ケータイにもついてんねん」
 そう言って綾は誇らしげにケータイを取り出して、俺の目の前でプラプラと振った。たしかに、缶ジュースをもったQooのキャラクターが揺れている。
「あーあ、お腹すいたー。何か、たこ焼きがないと何食べていいのかわからへんねえ」
 そういえば、俺は綾の好きな食べ物なんて何も知らないことに今気づいた。
 いつも俺たちはたこ焼きだけを食べていれば良かったので、他のことはほとんど知らないと言ってもよかった。一年の頃同じクラスだっただけで、今は一組と六組で一番離れたクラスだし。綾が時々話すクラスの様子、といってもいちいち覚えているわけではないし、綾の友だちとか得意科目とかテストの点数とか、どんなふうに過ごしているかとかまったく知らない。
 Qooが好きなのを知っていたのは、たこ焼きを食べる時によく綾が買っていたからだ。
「……なあ綾、おまえ甘いもん好きか?」
 女といえば甘いものが好きだという一般的常識に則って俺は訊ねた。案の定、綾は嬉しそうに頷く。
「うん、好きやでー。有樹は甘いのあかん人?」
「そんないっぱいは食べれんけど……普通に好きやで。でも洋菓子より和菓子派やな」
「あはは、案外渋いなあ、有樹」
 楽しそうに笑う綾を見て、俺はちょっと考えた。
 こんな笑顔を他の男に見せたりするんだろうかと。
 綾は部活もやってないし委員会にも確か入っていないはず。特定の男との接点はなさそうだ。けれどそんな大人しいタイプではないし、クラスではきっと普通に男女分け隔てなくしゃべるように思えた。
 ……少し、嫌だった。
 何故かというその理由までは考えなかったけれど。だって綾とこうして放課後に過ごす時間は、絶対なのだから。変わることなんて考えつかない。
 でも逆に、こうしてほぼ毎日たこ焼きを食べに来ているからもちろん恋人はいないのだろうし、俺のことをまあ嫌いではないことがわかる。それは少し優越感だった。
 ……誰に? その答えも俺は結ばぬまま放っておいた。
 俺にとって、この時間は壊したくないものだったから。今、胸の内に浮かんだ考えを深く追求してしまったら、取り返しのつかない結果に辿り着くかもしれない危機感を感じて、俺は見て見ぬふりをしたのだった。
 だけどそろそろ、たこ焼き以外のものも綾と一緒に食べてみたいと思った。
「……確か、上にクレープ屋あったやんな?」
 俺が唐突にそんなことを言い出したので、綾はちょっと驚いたようにきょとんとした。
「あったけど……どうしたん?」
 綾は、俺とたこ焼き以外もものを食べることに、どう思うのだろうか。俺はらしくもなく、ちょっと控えめに訊ねてみた。
「今日からしばらくたこ焼き無しやし……今日は、クレープでも食べへんか?」
 俺の言葉を理解した時の綾の表情が、何だか安心に崩れた気がしたのは気のせいだろうか。
 とにかく綾はこの上なく嬉しそうに微笑んで、頷いたのだった。
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