荊の花

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  act 1-2, 離れない瞳  


「ただいま……」
 駅から徒歩五分、比較的新しい五階建てデザイナーズマンションの三階に花田七実の家はある。
 七実が玄関のドアを開けると、バタバタと廊下を走る音がして快活そうな少年が出迎えた。
「おかえり、七実姉さん」
 花田一葉いちよう。現在高校二年生、七実の弟である。
 七実と似た顔立ちはしているが、雰囲気がまったく違う。茶色に染めてワックスで立てた髪型、左耳にある二つのピアスなど、今時の活発な男子高校生といったスタイルをしている。
「今日は友だちの家に行ってたんだよね。夕飯どうした?」
「まだ、食べてないの……」
 七実は頭を振る。
「そっか、ちょうど良かった。家政婦さんが二人分のご飯を用意してくれてるんだ。一緒に食べよう」
 七実は一葉に急かされるようにして廊下を歩き、リビングのソファに鞄を置いてダイニングテーブルについた。ラップのかかった皿が二つ並んでいる。レンジで温めたばかりなのか、ラップの内側には水滴がついていた。一葉がそれらをはがすと、湯気と香ばしい匂いがふわりと湧き上がる。
「チャーハンだって。美味しそうだよ。はい、スプーン」
「ありがとう……」
 一葉の差し出したスプーンを受け取ると、二人向かい合わせにテーブルにつく。揃って「いただきます」と手を合わせてから、スプーンを動かしはじめた。
「姉さん。今日は、前に言ってた新しい友だちの家に行ってたの?」
 一葉はいつも、食事の時間に七実の一日の行動をこまごまと質問する。人付き合いが得意ではない自分を心配してのことだとわかっているので、七実はなるべく詳しく答えるようにしている。――ただ、猛史が七実を『彼女』として扱ってくれていることは一葉には告げていなかった。何だか言いづらかったのである。
「うん、そう……。猛史くんのお家に……。猛史くんの双子の弟の、悟史くんにも会ったの……」
「双子なんだ? やっぱり似てるの?」
「うん、顔立ちは……よく似てる……。でも、雰囲気は、違うかな……」
 七実は、双子の兄弟というものに遭遇するのが初めてだった。同じ学部だと言われても悟史のことは知らなかったが、顔もそっくりで性格もそっくりなのかと想像していた。一卵性双生児だからほぼ同じ容貌だけれど、猛史の方が少し、男らしい感じがする。悟史は猛史に比べると線が細めで、あまり表情が変わらない。口調も平坦で、ともすればぶっきらぼうに聞こえてしまう。そこは、快活で表情豊かな猛史とはずいぶん違う点だった。
 しかし、やはり猛史と同じ雰囲気のようなものは感じられた。まだ構えてしまうけれど、これから少しずつ仲良くなっていきたいと思う。
 ふーん、と相槌を打った一葉はおもむろにスプーンを置いて、七実をじっと見据える。
「……でも、ちょっと心配だな。七実姉さんは本当に危なっかしいから。今まで男の友だちなんて、いたことなかっただろ?」
「……ご、ごめんね……。いつも、心配ばっかりかけて……」
 真剣な一葉の表情を見ると、七実はいつも申し訳なく思う。二つも年下だというのに自分よりもよほどしっかりしていて、いつも非力な姉を気遣ってくれる。思い返せば、小学校の頃からそうだった。極度のひっこみ思案で人見知りの七実は、クラスにほとんど友だちがいなかった。話しかけられても満足な答えを返せず、からかいの的になったこともある。そんなとき、いつも前に立ってかばってくれたのが一葉だった。
 心優しい弟がいなければ何もできない自分を恥ずかしく思う。けれど、一葉はいつも明るく笑ってこう言ってくれるのだ。
「何言ってるの。姉弟なんだから、僕が七実姉さんを心配するの、当たり前だろ?」
「うん……。ありがとう、一葉……」
 一葉はまたにっこり笑って、気を取り直したようにスプーンを取り上げた。
「何かあったら必ず言ってよ、姉さん。必ず僕が守ってあげるから」


 七実の後ろには、必ず一葉の目があった。
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