荊の花
act 2-1, 出逢いの謎
「悟史! ちょうど良いところに!」
昼休み、食堂へ行くためにキャンパス内を歩いていた悟史は大声で呼び止められる羽目になった。勿論、相手は猛史である。
猛史の隣にはやはり七実の姿もある。二人で食べれば良いのにと思いながらも、猛史から逃げられはしないとわかっているので、悟史は気乗りしないままそちらへ歩を進めた。
「何?」
「何、じゃないだろ。今は昼だぜ、一緒に飯を食おう!」
猛史はおそらく気にしていないのだろうが、いかに広大なキャンパスと言えど、同じ顔が二つ並んでいるというのは嫌でも視線を集める。見知らぬ人にこそこそと話題にされたり、あからさまに指を指されたりすることもしばしばだ。神経質になっているわけではないが、やはり良い気はしない。無駄な注目を集めることは避けたいと悟史は思っているのだけれど、猛史がいてそれが実現したためしはない。
「……何でいちいち一緒に……」
悟史があからさまにしかめっ面をすると、猛史は手加減なくバシッと背中を叩いてきた。
「飯は大勢で食うに限るだろ! ほら行くぞ!」
「おまえ、思いっきり叩くなよ……」
冗談抜きで痛かったので背中をさすりさすり歩きはじめると、先を行く猛史から離れて、七実が傍に寄って来た。
「あの……」
何か話したいことがあるらしい。悟史が振り向いて視線を下げると、七実は躊躇ってうつむいてしまう。
まだ会って間もないが、七実が酷くひっこみ思案でしゃべり下手ということはわかっている。突き放した雰囲気を与えないように、悟史は気を遣って声をかける。
「何?」
七実はそれに触発されて顔を上げた。
「あの……猛史くんは、わたしに気を遣ってくれてるんです……」
目的語が抜けているが、おそらく昼食のことだろうと悟史は推測する。
「わたし……人と話すのが苦手で……だけど、少しでも、友だちを増やせたらと思って……。猛史くんは、それを知ってくれてるんです……。でも、急には無理だから……悟史くんを……」
要するに、猛史は七実の「友だちを増やしたい」という願いを叶える準備段階として、自分を使っているらしい。
それにしても、「友だちを増やしたい」なんて大学生にもなった女の子の台詞じゃないだろうと思うが、それがたぶん、猛史がほのめかしていた“ワケあり”の部分なのだろう。悟史は、今は突っ込まないでおこうと判断した。もともと、面倒なことは好きではないのだ。
「猛史に呼び出されるのには慣れてるから、花田さんが気を遣わなくてもいいよ」
悟史が努めてやわらかな口調をつくって言うと、七実は安心したように微笑んで猛史の隣に戻っていった。
七実に対して気を遣うのは疲れるが、一つわかったことは、七実もまた気を遣っているということだった。しかも、悟史にはそれが、何とか嫌われないようにと考えてしている行為に見えたのだ。
七実は、他人を酷く恐れている。
七実が猛史に心を許しているわけがわかった気がした。猛史は自身のことも含めて全てが開けっぴろげで、裏表がない。陰のない人間だ。だから恐怖心を抱かなくてすむのだろう。
そういえば、猛史と七実はどのようにして出逢ったのだろう?
知り合った経緯をまだ詳しく聞いていなかったことに、悟史は思い当たったのだった。
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