荊の花

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  act 2-2. 出逢いの真相  


「あああっ、大丈夫っすか!?」
 七実が聞いた猛史の第一声はこれだった。
 大声厳禁、常にこそこそとくすぐったいひそめ声が充満する図書館に響いた大音量である。不気味なほどの静寂とともに七実を襲ったのは、人々の視線だった。
 両手で抱えるように四冊の本を持っていた七実に、よそ見をして小走りしていた猛史がぶつかった。ただそれだけの日常茶飯事なのに、猛史の大声によって要らぬ注目を集めてしまったのだった。
 七実は慌ててしゃがみ、うつむきながら落ちた本を拾って抱え直した。一言謝罪の言葉を言いたいと思ったが、一瞬でもまわりの注目を集めてしまったことに取り乱していて、声がついてこない。
「だ……大丈夫……なので……」
 しどろもどろに何とか言葉を紡ぎ、うつむいたまま通り過ぎようとした七実の腕を、猛史はつかんだ。
「あー待って待って。俺が持ってくよ。貸し出しカウンターで良いの?」
 七実が抱えていた本を、猛史はいとも軽々に取り上げてしまった。抵抗するまでもなかった。
 まだ、まわりの視線が刺さってくる気がする。七実は縮み上がりそうだった。すぐにでも逃げ出したかった。けれど、猛史はお構いなしにカウンターへ向かってゆく。七実は、後を追いかけるしかなかった。


 この人は、確固たる自分を持っている。
 七実は、目の前で楽しそうに、身振り手振りさえ交えながらしゃべる猛史を見ながら思った。
 場所は大学構内の食堂。もうおやつの時間に近い時刻なので、客数はまばらだ。けれど七実にとっては、その数少ない視線でさえ突き刺さってくるように感じられた。
 カウンターで貸し出し手続きを終えた七実は、やっと解放されるという安堵とともに猛史にもう一度お礼を言い、そのまま立ち去ろうとした。けれどまた、猛史がそれを止めたのだった。ちょっと話してかない? 俺、暇してるんだとか何とか言って。七実は断る隙も与えてもらえず、半ば強引にここまで連れてこられたに等しかった。
 男の子と向かい合わせに座っている。そんな体験は今までしたことがなかったので、他人が皆、自分に注目しているように思えて落ち着かない。
 けれど猛史は、極めて自然だった。大らかで、奔放で。何ものにも囚われていない。
 そして、強い。
 猛史は眩しかった。七実に無いものをたくさん持っている。
 そんな人が何故こうして自分と話してくれているのか不思議だった。
「……七実ちゃん、兄弟いる?」
 ふとその質問だけ耳に飛び込んできて、七実は内に向いていた意識を猛史に戻した。
 確か、猛史には双子の弟がいて、彼がわたしと同じ法学部にいるという話をしていた。その続きの問いなのだろうと考えた。
「お、弟が……ひとり……」
「へぇー、弟かあ。高校生?」
「うん……」
 七実は、一葉のことについて猛史に訊かれるままに話した。気弱な七実のことをいつも気にかけてくれていること。自分とは似ても似つかない、明るい性格だということ。七実の身を心配して、日々の行動を訊ねてくることなど。
 七実には、今までこのようなプライベートに立ち入った話ができるような友だちがいなかった。中学、高校時代を共に過ごした友だちは、皆七実に似てひっこみ思案でおとなしい性格のため、自分自身のことなどほとんど話さなかった。だから七実にも話す機会がなかったのだ。時間は共に過ごしているけれど、お互い干渉しない関係が出来上がっていた。
 けれど猛史は、進んで質問してくれる。自分に興味を向けてくれている。それが嬉しくて、馬鹿みたいに何でも話した。
 だから七実は気づかなかった。猛史が、眉をひそめて考え込むような表情を垣間見せたことに。
 猛史は、また話をしようと言って、別れ際に携帯電話の番号とメールアドレスを書いた紙をくれた。手帳を乱暴に千切った紙に書かれた、男の子の筆跡らしい乱雑な文字の羅列。
 だけどそれが、七実にとっては運命を左右する宝物のように思えたのだった。
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